自然素材を使って健康と環境に配慮した住まいを設計して28年.....光設計のノウハウ満載ブログ
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カテゴリ:私の好きな文庫本( 18 )
私の好きな文庫本18   「夢のまた夢」
今日は東京でも37℃の猛暑になりました。
現場で作業をされている職人さん、ありがとうございます。

今日の文庫本のお話はいまNHKで放映中の大河ドラマ「真田丸」にご縁のある秀吉のお話です。

名古屋の工務店さんからの依頼で、家づくりセミナーを名古屋で開催したことがあります。自然素材を使った住宅が「健康住宅」として住宅誌に取り上げられていたころで、たくさんの人たちがセミナーに参加してくれました。名古屋といえば歴史好きに思い浮かぶ人物は信長と秀吉ですね。

「つゆとおち
つゆときえにし
わがみかな
難波の事も
ゆめの又ゆめ」

これは秀吉の辞世の句です。いまの真田丸ではちょうどこのタイミングが放送されています。

まさに夢のような一生だったのではと思います。百姓の身分から一代で関白にまで上り詰めた訳ですから。私は個人的には天下を取るまでの秀吉が好きで、大坂城で文字通り天下人になった秀吉はあまり好きにはなれないでいます。出世階段を昇っていく過程で人間的な魅力を発揮する秀吉が大好きなのです。

特に信長の小姓としてサルと呼ばれながら信長のあとをついていき、30人くらいの足軽大将から100人、1000人、10000人という大軍団を指揮するようになり、信長の偉業を助けることに懸命になっている秀吉には魅力を感じます。

秀吉が長浜城の城主だったときに奥さんのねねと夫婦けんかをします。ねねは信長に主人を叱ってくれと訴えます。訴えを聞いた信長は秀吉あてに「おまえにはもったいないほどのいい嫁なのだからねねを大切にしないと承知しないぞ」という内容の手紙をかいたりしています。疑い深い主人の信長の関心を引くことを考えて夫婦けんかまで利用している秀吉の可愛い様子を伺い知ることができるエピソードです。

そんな風に対人関係をじょうずにこなしながら、とうとう信長亡き後の天下を取ることになりますがそのあとの秀吉にはあまり人間的な魅力は感じられません。

トップに立つよりもナンバー2でいる方が魅力が発揮できる人だったのだと思います。いまの政界や経済界にもあてはまることかも知れませんね。

眼を閉じると、「ああ、あの人はナンバー2の時代の方がいい仕事をしていたな〜。」と思い当たる方もいるかも知れません。そんないまの世の中にも通じることを思いながら読むことができるお話です。

    ***そんな訳で今日の私の好きな文庫本は...***

     「夢のまた夢」全5冊 津本 陽 (文春文庫)
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by kokyu-ie | 2016-08-09 16:46 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本17  天平の甍
鑑真和上のお話です。
15年ほど前に奈良在住の方から家のリフォームの相談を受けたことがあります。当時問題になっていたシックハウスを心配されて、自然素材を使いながら現在の住まいをリフォームしたいという相談でした。

いろいろとお話をしていくうちにお住まいは唐招提寺のお近くだということが分かりました。リフォームのお話はうわのそらになってしまい頭の中は唐招提寺でいっぱいになってしまったのを思い出します。

唐招提寺を創建したのは唐から6回目にしてやっと日本に渡ることができた鑑真和上です。そして鑑真和上のお話といえばどうしてもこの作品を思い浮かべます。

733年(天平5年)唐の高僧を日本に招聘するために若い留学僧の栄叡(ようえい)と普昭(ふしょう)が入唐します。唐で修行の日々を重ね、9年後の742年鑑真和上に謁し、渡日を懇請します。和上は55才でしたが門弟たちの反対を押し切り渡日を決めます。約10年間の間に5回渡海を試みますが、船の難破や反対する門弟たちの密告などもあり、失敗を繰り返すうちに和上は失明をしてしまいます。6回目のチャレンジで753年にようやく日本の地を踏むことができます。和上66才のときです。その後76才で入寂するまでの10年間に日本に仏教の本随を伝えて行きます。

物語の主人公は留学僧の栄叡と普昭です。海を渡り、唐に入り、仏典を学ぶということは当時は命がけでした。鑑真和上を招くことに情熱を傾けた栄叡は5回目の失敗の後、唐で失意のうちに病没します。

栄叡の熱意にただ引きずられていたような普昭は鑑真をともなって日本に帰ることに成功します。入唐してから20年が経っていました。自分の運命に自然体で身を委ねるような生き方をする普昭を中心に物語りが進んでいきます。

自分はどう生きるか、そんなことを考えさせる私の大好きな作品のひとつです。
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    ***そんな訳で私の好きな文庫本は...***

     「天平の甍」全1冊 井上 靖 (新潮文庫)
by kokyu-ie | 2016-06-06 09:21 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本16
近藤勇のお話です。

2003年に北区滝野川の住宅の設計をしました。桜並木の先にある小さな
敷地に木造3階の計画でした。最寄りの駅はJRの埼京線板橋駅です。

駅の東改札口を出ると小さな広場がありそのすぐ前に近藤勇のお墓があり
ます。ここは京都から逃れて関東を転戦していた近藤勇が捕らえられて処
刑された場所なのです。

近藤勇はいまの調布市の生まれです。天然理心流という道場主の養子で、
町人や百姓たちに剣術を教えていました。道場仲間に沖田総司や土方歳三
がいました。みんな調布や府中近在の出身で当時は多摩のこのあたりは幕
府の直轄地でした。

その仲間たちが京都に上り、新撰組になっていきます。世の中は、尊王攘
夷運動のうねりの中で近藤たちもその大きな流れの中に巻き込まれて行き
ます。

後世のものが振り返ってみると時代の流れの方向はよく見えるものです。
でも流れの中にいる当事者にとっては、自分の信ずる何かによって決断し
て行動する以外に進む道はありません。時代を進める側になるのか、逆行
する側になるのか、それは個人ではなくて時間が決めることだからです。

近藤勇は結果的に時代に逆行する側の生き方をしました。その生き方の潔
さが近藤勇の人気のもとなのだと思います。

さて、2016年の日本、福島の原発事故もまだ収束していないなかで、原発再稼働を巡ってその方向性が問われています。いまを生きている私たちには、100年〜200年後の日本がどうなっているか分
かりません。

私たち一人一人の信念と決断と行動がこれからの日本の流れをつくり出す
のだと思います。近藤勇の生き方を読むと、時代の流れということをつい
考えさせられてしまうようです。


    ***そんな訳で今日のおすすめ文庫本は...***

     「近藤勇白書」全2冊 池波正太郎 (講談社文庫)
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by kokyu-ie | 2016-05-20 10:02 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本15
今日は空海のお話です。

2008年に埼玉県深谷市Sさんの木造2階延べ約110坪の2世帯住宅を設計
しました。Sさんは真言宗のお寺の住職さんで、息子さんも副住職さんです。上棟のお祝いは工事中の現場に仮の護摩壇を設えて、密教の荘厳な雰囲気の中で開催していただきました。

真言宗の祖といえばお大師様と呼ばれている空海ですね。すでに高僧として
有名だった最澄が遣唐使として唐にいくときに空海は無名の学生僧としてと
もに派遣されます。平安時代の804年のことです。

ところが空海の乗った船は時化に遭い、遙か南の方に流されてしまいます。
苦労を重ねながら長安に辿り着き、仏教の勉強をします。能書家の空海の書
が長安の文士の間で評判になり、唐の皇帝に招かれ、懇請されて宮殿の壁に
書を書いたりもしています。

空海は長安の寺で仏典の勉強をしながら、当時流行しはじめていた密教に傾
倒していきます。当時の密教の権威だった恵果の弟子になり、才能を認めら
れて、布教のための貴重な仏典や仏具を日本に持ち帰ります。

先に帰国していた最澄が空海の持ち帰った密教の教典に興味を抱き、教典の
貸し借りで最澄と空海の間で一悶着の出来事もあります。やがて空海は朝廷
の支援を得て高野山に密教の聖地を造営していきます。

空海は61年の生涯の中で日本に密教を根付かせるという偉業を成し遂げま
す。大天才だったのだと思います。そして神様は歴史が必要とするときには
その時代にふさわしい大天才を準備してくれるのではないでしょうか。
空海のこの小説を読むと、不思議とそんな気がしてなりません。


    ***そんな訳で今日のおすすめ文庫本は...***

     「空海の風景」全2冊 司馬遼太郎 (中公文庫)
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by kokyu-ie | 2013-10-19 15:10 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本14
今日は新撰組の一隊士、吉村貫一郎のお話です。

2年前に仙台の住宅を設計しました。新幹線で仙台駅までいき、JRに乗り
換えて建築主さんのところまで打ち合わせに行っていました。
乗り換えに1時間くらい待ち時間がありますので、駅の待合室で時間をつ
ぶすのですが、その待合室には懐かしいような方言が飛び交っていました。

その方言を聞いていて私はこのお話を思い浮かべていました。そう、南部
藩の吉村貫一郎を主人公にした幕末の新撰組のお話です。

貧しい南部藩士の吉村は行き所のない藩を脱藩して京都に上ります。新撰
組の隊士募集に応じて新撰組の下級隊士になります。給金を家に送り家族
の暮らしを支えながら、下級隊士として新撰組の組織の中で自分の居場所
を探していきます。

幹部隊士の内紛などに巻き込まれながら、それでも新撰組の中で認められ
る存在になっていきます。映画化されていますのでご覧になった方もいる
のではないでしょうか。主演の中井貴一の南部弁訛りが何ともいえないい
い味を出していました。

鳥羽伏見の戦いで幕府軍と新撰組は官軍に負けます。満身創痍の吉村は、
南部藩の京都屋敷の家老である幼馴染みの旧友のもとに転がり込みます。

官軍との争いを避けたい藩の家老としては立場上、吉村を助ける訳にはい
かず、かといって追い出す訳にもいかず、家伝の銘刀とおにぎりを渡して、
客間に一人の時間をつくってやります。

翌朝、切腹した吉村の肩を抱いて「貫一郎〜、貫一郎〜」と涙する映画
の場面はいまでもよく覚えています。

家族を思い時代の中で懸命に生きる男、藩を思い藩の運命を担う男、二人
の男の生き方をとても魅力的に描いている作品です。


    ***そんな訳で今日のおすすめ文庫本は...***

     「壬生義士伝」全2冊 浅田次郎 (文春文庫)
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by kokyu-ie | 2013-10-09 16:42 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本 13
今回は日本人ならみんな大好きな坂本龍馬のお話です。


赤坂のマンションのリフォームの相談を受けたことがあります。そのマンションのある場所は何と赤坂氷川神社のすぐ近くでした。氷川神社の近くには勝海舟の屋敷がありましたので門下生だった坂本龍馬は氷川神社にも来ていただろうし、氷川神社横の坂道を歩いて海舟の屋敷に行っていたはずなので、「龍馬と同じ道を歩いているんだ〜」とそんなことを想いながらマンションに伺った覚えがあります。

実は坂本龍馬がいまのように国民的な英雄のようになったのは意外と最近のことで、司馬遼太郎が「龍馬がゆく」という小説を昭和37年から4年間にわたり産経新聞に連載してからなのです。龍馬の颯爽としたイメージも司馬さんがつくり出した龍馬像の影響が大きいようです。

そんな人気者の龍馬ですから、龍馬をテーマにした小説がいまではたくさんあります。当然、司馬遼太郎ファンの私としては「龍馬がゆく」がおすすめなのですが、それでは当たり前すぎて面白くないので今月はちょっと変わった龍馬像が楽しめる作品を紹介したいと思います。

龍馬が乗った海援隊の「いろは丸」という蒸気船が紀州藩の蒸気船「明光丸」と瀬戸内海で衝突事故を起こして沈んでしまいます。これは日本初の海難事故で、龍馬は万国公法という船舶航行の外国の法律を武器にして、紀州藩に対して長崎で日本初の訴訟を起こします。このことについては9回目の岩崎弥太郎のお話の時にも触れていますのでご記憶にある方もいるのではと思います。

龍馬は紀州藩に圧力をかけるために世論を味方につけるということ計画して、長崎の花街で「舟を沈めたそのつぐないは、金をとらずに国をとる」という都々逸を流行らせます。「紀州藩を相手に戦争をするぞ」というような物騒な噂を長崎の町にばらまいて紀州藩の談判担当の役人を脅した訳です。長崎の町民たちの世論も味方につけながら訴訟の談判に勝利して紀州藩から8万両(現在の価値にして約30億円)という賠償金を得ます。

この賠償金を11月7日に海援隊が長崎で得て、その1週間後の11月15日に京都で龍馬は暗殺されます。紀州藩の談判担当の役人たちから相当恨まれてもいましたので、龍馬暗殺の裏に紀州藩ありの説もありますがこの辺りは定かではありません。

この「いろは丸事件」のときの龍馬の談判の駆け引きをテーマにした小説で、颯爽として海を見つめる龍馬とはまた違って駆け引き上手で捕らえどころがない、ねちっこい龍馬像を楽しむことができるお話です。



    ***そんな訳で今回のおすすめ文庫本は...***

     「龍馬残影」全1冊 津本陽 (文春文庫)

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by kokyu-ie | 2013-08-22 08:51 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本12
今日は支倉(はせくら)六右衛門のお話です。

家の工事のはじめに地鎮祭という儀式を行うことがいまでも多いですよね。私の場合にはほぼ100%の建築主さんに地鎮祭をお願いして開催してもらっています。さあ、これからいよいよ工事がはじまる...と気持ちも新たに引き締まりますし、建築主さんにとっても夢が現実になる第一歩という嬉しい日になります。

一般的には神主さんをお呼びして神式がほとんどですが、仏式もありますし、キリスト教での場合もあります。建築主さんの信教にもよりますのでスタイルはいろいろですが、工事の安全と家の繁栄を願うことは共通しています。

私はキリスト教での地鎮祭を2回経験しています。そのうちの1つは静岡県伊東市の住宅のときなのですが海が近かった理由もあり、キリスト教にかかわるこのお話を思い出していました。


支倉(長谷倉)六右衛門は歴史上ではほとんど無名の人物です。1571年生まれの伊達藩の武士で、藩主伊達政宗の命により1613年10月28日にローマ教皇への使節として派遣された使節団の団長です。使節団は藩士4名+従者たちで総勢100名くらいだったようですがいまでは資料がなくて詳しいことなどは分かっていません。

この使節団がキリスト教の布教にきていた神父たちとともに太平洋を船でメキシコに渡り、メキシコから陸路大西洋岸に行き、1614年6月10日にそのうちの20人ほどが大西洋を船でイスパニアへ渡ります。フェリペⅢ世に拝謁してその後ローマに渡り、日本を出発してから2年の苦難の旅の末に1615年11月3日ついにローマ法皇パウロⅤに拝謁します。1617年夏までヨーロッパにとどまり、帰りの便船を得て1618年7月マニラまで使節団が戻ってきたときには幕府はキリスト教の禁止と鎖国の方針を決定していました。

1620年ようやくの思いで伊達藩の領地に戻ってきた使節団を迎えたのは幕府と藩の政治体制による迫害でした。長谷倉たちは藩主の親書をローマ法皇に渡すという藩主の使命を果たすために文字通り命がけで苦難の道を7年間歩みます。その過程で悩みながら異国での心のよりどころを求めキリスト教に帰依し、洗礼も受けていました。7年振りにようやくの思いで帰ることができた故郷では異教を信仰する罪人としての受難が待っていました。信教を捨てるか...と迫られるなかで殉教による死を選んでいきます。

幕府と藩の政りごとの理不尽さに翻弄されたような長谷倉たちの物語ですが、人の強さと弱さ、人と信仰との関わり、その美しさなどについ引き込まれるような物語です。

    ***そんな訳で今日のおすすめ文庫本は...***

     「侍」全1冊 遠藤周作 (新潮文庫)

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by kokyu-ie | 2013-07-20 09:16 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本11
今回はご存知「忠臣蔵」のお話です。
「切腹最中」という名前の和菓子を知っていますか。新橋にある和菓子の「新正堂」さんの最中です。黒い餡がはみ出していて、まるで切腹したように見えることからのネーミングです。もともとこの和菓子屋さんがある場所が、浅野内匠頭が江戸城松の廊下で刃傷沙汰に及びそのため幕府の咎を受け切腹をした屋敷跡にあるということをヒントに、こんな最中をデザイン学校出の若旦那さんが考え出したということなのです。

店主曰く「当店は、浅野内匠頭が切腹された田村右京太夫屋敷に存する和菓子店として、この忠臣蔵にまつわる数々の語り草が和菓子を通じて、皆様の口の端に上ればという思いを込めて、最中にたっぷりの餡を込めて切腹させてみました。「風さそふ花よりもなほ我はまた春の名残をいかにとやせん」の辞世の句とともに、本品が話しの花をさかせるよすがともなればと心を込めておつくりしております。」

何か不始末があり、お詫びをするときはこの「切腹最中」を手みやげにどうぞ。「申し訳ありませんでした。このように切腹したつもりでお詫びに参りました.....。」洒落が通じる度量の大きな相手ならここで笑って済ませてもらえます。そうでない場合はますますの修羅場になるかも知れませんが、どちらに転ぶかであなたの日頃の人間関係の深さ浅さが推し量れるのではないでしょうか。

話が横道にいってしまいましたが、浅野内匠頭が切腹をした元禄14年3月14日から1年9ヶ月後の元禄15年12月14日に赤穂浪士47人の吉良家への討ち入りになります。47人の赤穂浪士たちをまとめていたのが元家老の大石内蔵助です。

討ち入りを成功させるために、商人や町人などの協力者を得ながら、幕府や吉良上杉家に感づかれないように準備をする訳ですが、その1年9ヶ月の準備のプロセスを切り口に展開をしてゆくお話で、現代の「情報戦」や「経済戦」の視点からアプローチをしている小説です。

江戸庶民を味方につけながら情報を操作して討ち入りを実現させる手法は現代社会にも通じるようであり、新鮮な感じで読むことができる新しい視点の「忠臣蔵」のお話なのです。1994年には映画化もされています。


    ***そんな訳で今回のおすすめ文庫本は...***

     「47人の刺客」全1冊 池宮彰一郎 (新潮文庫)

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by kokyu-ie | 2013-07-10 14:28 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本10
今回は徳川家康を支え続けた大久保一族のお話です。
この本の作者の宮城野昌光という人は古代中国の歴史を題材にした小説が多い小説家で、いつも文庫本がでるたびに必ず読んでいました。その作者が珍しく日本の戦国を舞台として書いた物語が徳川家康を臣下として支え続けた大久保一族のお話なのです。

家康は幼少の頃、人質として駿河の今川家にあづけられていました。桶狭間で織田信長が今川義元を破り、その事件を契機に家康はようやく今川家を離れて岡崎で独立をします。

家康の先代のころから松平家(家康の家は当時は松平と言っていました)に仕えていた家臣団のひとつに大久保家があります。この大久保家は一族を挙げて独立した家康を臣下として支え続けます。織田信長との同盟〜武田信玄と戦った結果の三方が原での大敗北〜浅井家との姉川の戦い〜長篠の戦い〜本能寺の変〜秀吉との小牧長久手の戦い〜小田原の北条攻め〜江戸への移封〜関ヶ原の戦い〜大坂冬の陣、夏の陣と家康の覇業を支え続けていきます。

そんな大久保家の中の彦左衛門を主人公にした物語で、主従の絆の在り方と不思議さを考えさせる作品です。いまの政界や経済界の代表者とそれを支えるナンバー2との係わり方などにも思いを馳せながら読んでしまう、そんな人と人の繋がりの面白さを感じさせる小説です。


    ***そんな訳で今回のおすすめ文庫本は...***

     「新三河物語」全3冊 宮城野昌光 (新潮文庫)
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by kokyu-ie | 2013-06-19 16:55 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
私の好きな文庫本09
今回は三菱財閥をつくった岩崎弥太郎のお話です。

岩崎弥太郎は1834年生まれの土佐藩の人です。2010年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」が「岩崎弥太郎から見た坂本龍馬」という視点で放送されていましたので、弥太郎を演じた香川照之(九代目市川中車)のアクの強い演技でご記憶の方もいるのではと思います。

弥太郎と龍馬は同じ土佐にうまれましたがドラマのように幼なじみということはなかったようです。二人の接点は龍馬が海援隊を組織して、その資金的援助を土佐藩がすることになり、弥太郎が藩命で長崎の土佐商会に赴いた1867年3月のときからのことで、龍馬が暗殺される半年前のことでした。

わずか半年間の接点ですが、2人の関係は悪かったようです。龍馬は新時代を見据えてそのために事業資金を要求する、弥太郎は藩の財政が底をつきそうで出し渋るといった険悪な関係だったようです。

龍馬が乗った海援隊の「いろは丸」という蒸気船が紀州藩の舟と瀬戸内海で衝突事故を起こしていろは丸は沈んでしまいます。これは日本初の海難事故で、龍馬は万国公法という船舶航行の外国の法律を武器にして、紀州藩に対して長崎で日本初の訴訟を起こします。このときの龍馬の駆け引き(丸山遊郭で紀州藩に圧力をかけるような唄を流行らせる)などとても興味深いお話がいっぱいあるのですが、とにかく訴訟の談判に勝利して紀州藩から8万両(約30億円)という賠償金を得ます。

その8万両を弥太郎が預かっているうちに龍馬が暗殺され、鳥羽伏見の戦い〜維新〜明治の時代になります。弥太郎はその8万両を資金にして事業をはじめたという説もありますがそのあたりのことは資料がなくて定かではありません。

龍馬が起案した新政府の閣僚の名前に龍馬の名前がないことに、西郷隆盛が「おはんの名前がありもはんが...」と言ったときに、龍馬は「役人などは苦手じゃきに、外国を相手に海援隊でもやろう」と言ったという話があります。龍馬は海が好きだったので新しい時代になったら、外国を相手に貿易などの海運業をやりたかったのだと思います。

龍馬が日本初の訴訟で勝ち取った8万両の賠償金をもとにしたかどうかは定かではありませんが、岩崎弥太郎が結果的に海運業という龍馬の夢を実現することになりました。

でも、もし龍馬だったら違う方向の海運会社になっていたのでは.....と思ってしまうのです。そしてもしそうなら、今の三菱もまた違う三菱グループになっている訳なので、歴史に「もし」はないのですが、歴史好きの私としては龍馬に海運業をやらせてみたかったとついつい想像してしまうのです。


    ***そんな訳で今回のおすすめ文庫本は...***

     「三菱王国」全2冊 邦光史郎 (集英社文庫)
by kokyu-ie | 2013-05-01 10:36 | 私の好きな文庫本 | Comments(0)
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